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つまり、日本人が中国や日本の周辺諸国の人たちとアメリカの人たちを総計で千万人単位で殺したために、日本に押しつけられたものである。
ちょうど、人を殺したものから武器が取り上げられ、危険だからということもあって、監獄に入れられるようなものである。 わたしは、あの15年戦争で侵略戦争であったのは明白だと思い、あんなことはすべきではなかったと信じているので、日本国憲法を是とする。「押しつけられた」のは、「押しつけられるような悪いことをした」からである。 「押しつけられた」という人たちは、まるで戦争がなかったような「盗人猛々しい」人たちだと私には思えてしまうのである。「押しつけられた」というのは、「戦争に負けて悔しい」と言っているようなもので、「また機会があれば、戦争して今度は勝ちたい」と言っているようなものである。「あの戦争は正しかったのだけれど、相手が戦争に強かったから負けただけだ、俺たちは悪くない」と言っているようなものだ。 実際に、巣鴨プリズンに入れられた人たちは、日本人全員ではなく、限られた数の戦犯たちであった。安倍晋三氏の祖父岸信介は、どういうわけか、戦犯扱いされなかった。 昭和天皇も獄に入れらなかった。それは、米国の国益を考えて、そうされたのである。 そのかわり、絶対的な天皇制が象徴天皇制にかえられ、軍隊は置かれないことになったのである。それが憲法1条から8条までと憲法9条に書いてあることである。 わたしたちは、今の象徴天皇制も憲法9条も、たくさんの人たちの血が流された上で、つくられたのだということを片時も忘れてはいけない。忘れている人たちが、また戦争を引き寄せようとしている。 人気ブログランキングへ にほんブログ村
by kokakusouhachi
| 2016-08-13 11:50
| 随筆
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