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居場所があるということは、居心地がいいということでもなければならないだろう。
居場所がある、ということは基本的に、人間関係のことである。 それに対して、居心地がいい、というのは生活環境がいい、という意味があろう。ある意味で、そのために、私は掃除を続けているのである。なんとなく、あそこに触れたら気持ちが悪そうだ、という所が身近にあると、居心地がよくない。 私は、教会でもトイレは大事だと思っている。今、私のいる教会は、私たちが来る前まで、幼稚園を経営していたので、トイレは幼児向きが主で、大人は、男も女も同じトイレを使っていた。それは、特に女性たちには、いやなことだったようである。そして、障害者用のトイレはなかった。 また、トイレの便座は、冷たく、冬には、高血圧の人にとって、こわいものになっていたのである。 だから、温熱ヒーター付の便座を設置した。 教会でトイレには行かないことにしていた、とある人は、トイレが新しくなった後に、口に出されたものだった。 教会は古い建物だったりすると、立派だけれど、古くて、使いにくいトイレが残っていたりする。 しかし、私は思うのである。まず、トイレを使いやすいものにする。居心地をよくするには、そうする必要がある。今や、多くのコンビニがトイレを設置するような時代である。 人気ブログランキングへ にほんブログ村
by kokakusouhachi
| 2016-05-21 20:16
| 随筆
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