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それは、どのような死生観、どのような思想なのだろうか。
たとえば、武士道の言葉の一つに「武士道とは死ぬことと見つけたり」という言葉がある。『葉隠れ』にある言葉だという。 日本にも、「イスラム国」の自爆死をいとわぬテロリストに似た思想を持った人たちはいたろう。 たとえば、日本の敗戦真近における特攻隊の思想。あれは、テロリストの思想だということは乱暴すぎるだろうが、共通する何かはあると思われる。 テロリストたちは、「恐怖」によって「敵」を支配しようという考えがあるだろうが、特攻の若者たちが「敵」を「恐怖」によって支配しようとは考えていなかったであろう。 おそらく、彼ら彼女らの「ジハード」の思想は、もともとのイスラームのジハードの思想とは違ったものだろう。しかし、似たもの、共通するものがあるのではないかとも思われる。 またキリスト教の思想にも「自分の命」を捧げても、という思想がないとは言えない。 おそらく、自爆死も許容する「イスラム国」のテロリストたちの思想をわたしは理解し、共感することはできないであろうが、彼ら彼女らの心情にできるだけ接近するべく試みる必要はあるのではないか。 同じ人間であるかぎりは、理解できるところがあるところはあるはずである。キリスト者であろうと、なかろうと「飢え」が苦しいことにかわりはない。「馬鹿にされて」怒りを感じることは、キリスト者でも、仏教者でもかわるまい。しかし、その後、どのように心を向けるかは違うであろう。 イスラーム教徒なら、たぶん、多くの人がキリストの十字架上での死を理解できまい。 しかし、イスラームはアブラハムを大変尊敬するのだから、キリスト者と近いところはあるだろう。 しかし、私は『コーラン』の翻訳を二度通して読んだが、正直、いかなる感銘も受けなかった。反感を感じたかというと、違和感が強くて、「反感」にまで達しなかった。まだ「わからない」のである。わたしは、十字軍にも全然、共感しない。あれは明らかに、当時のキリスト教世界の間違いだったと思う。信仰のために武器を取って戦うことを、肯定するような思想は新約聖書にはないと思う。わたしたちの信じている主イエスは、武器を取られたことは一度もなく、弟子たちにも武器を取らないように言われた。そして、自分が殺される道を進まれたのである。 ヨハネによる福音書においてもイエスは「剣をさやに納めなさい」と言われている。 シモン・ペトロは剣を持っていたので、それを抜いて大祭司の手下に打ってかかり、その右の耳を切り落とした。手下の名前はマルコスであった。イエスはペトロに言われた。「剣をさやに納めなさい。父のお与えになった杯は、飲むべきではないか。」(ヨハネによる福音書18章11,12節) このあたりをちゃんと読んでいれば、「十字軍」などという考えなど思い浮かぶはずもないのである。イエス・キリストご自身が、御自分を守るために弟子たちが武器を取ることを否定されたのである。エルサレムがイスラーム教徒の支配下にあるのを、キリスト教世界のために奪還するために、人殺しまで敢えてするということを、イエス・キリストが容認されるはずもないのである。たとえ「聖なる都」と呼ばれることがあるエルサレムであったとしても、聖なるイエス・キリストより大事なものであるはずもなく、そのイエス・キリストが「剣をさやに納めなさい」と言われたのである。イエス・キリストは御自分のためにも弟子たちが剣をとることをゆるされなかった。まして、エルサレムという都のために武器をとれ、などといわれるはずもないのである。十字軍は、主イエスに逆らってなされたものである、と断定してもまちがいないだろう。少なくとも、四つの福音書には、十字軍を否定する言葉はあっても、肯定する言葉はないだろう。わたしの判断ではそうである。イラク戦争を始めたブッシュ元大統領は「十字軍」を口にして、世界のひんしゅくを買ったが、ブッシュ元大統領は、あの発言によって、世界に誤解を与えるようなことをし、「イスラム国」にテロの口実をつくったのである。 あえて言えば「十字軍」という言葉は、「暗黒の力」「サタン」がつくりあげた言葉であろう。サタンは「十字架」を嫌っているので、敢えて、「十字軍」という言葉を人間に考えつかせたのであろう。 人気ブログランキングへ にほんブログ村
by kokakusouhachi
| 2015-11-30 00:14
| 随筆
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