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ここのところ一つの疑問が心に浮かんでいる。
バルトのキリスト論はいつからはっきりした姿を取り出したのだろうか、ということである。 私は、以前は「バルトが啓示と言いだしたのはいつからなのだろう。」という疑問を抱いていたことがあった。それを学問的に追求したことはないが、今では、あの『ロマ書講解』を書いたとき、彼は「啓示」を受けるという経験をしたので、「啓示」に関心をもつようになったのではないか、と思うようになっている。バルトは、「啓示」をシュライエルマッハーの「感情」や「直観」に対峙させたのではなかろうか。 あるいは、この「啓示」に思いを巡らす中でキリスト論的にならざるを得なかったのか。 バルトにおいて「神の言葉」と「神の啓示」が不可分であることによって、キリスト論に赴かざるを得なかったのかもしれない。このキリスト論をつかんで離さなかったので、バルトはアウグスティヌスをも乗り越えたように思われる。
by kokakusouhachi
| 2012-10-04 16:50
| 随筆
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