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自分でも気づいていなかったが、わたしは声に出さないで、一日中、その二つのことを祈っている。そういう状態になっている。そして、今朝、目覚めた時、最近、私が、『アウグスブルク信仰告白』と『アウグスブルク信仰告白の弁証』が読む気になった理由が、少しわかった気がした。これはルター生誕500年で、私が発題することになっていることが直接的な理由だが、もう少し深いところに理由があることがわかってきた。今朝、わたしは、「ただ祈るだけ」ということについて考えていた。
パロの軍隊が迫った時、イスラエルの民は、海辺にいて、絶体絶命だった。もはや、祈るしかできなかったのである。人間的に敗北は必至だった。しかし、モ-セは杖をもった手をあげて、神に祈り、その祈りは聞かれたのであった。そして、その祈りが聞かれることによって、神の御栄光があらわされたのである。どうか、共謀罪法案が廃案にされ、安倍政権が倒され、神の御栄光が現わされますように。日本のパロである安倍晋三氏から、教会と国民が解放されますように。 私は、今度初めてなぜルターが『教会のバビロン捕囚』という題名の著作を書いたのか、わかった気がする。イエス・キリストの十字架の上での死と三日後の復活は、決定的な出エジプトの出来事であり、バビロン捕囚からの解放の出来事だったのである。出エジプトとバビロン捕囚からの解放は、イエス・キリストによる解放の出来事を予め、指し示すものであった。 宗教改革もまた、一つの「出エジプト」の出来事だったのである。 人気ブログランキング にほんブログ村
by kokakusouhachi
| 2017-06-14 08:15
| 随筆
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