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最初に書かれたとされるマルコによる福音書には、復活されたイエスが弟子たちに宣教にでかけるようにとの命令された場面はない。あるのは、若者が婦人たちにこう言う場面である。「あの方は、あなたがたより先にガリラヤ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる」
16章9節からの付加の部分と思われるところでは、弟子たちが行ったことは書かれていない。どのようにして宣教が開始されたかは書かれていない。また、聖霊降臨の出来事は書かれていない。 マタイによる福音書では、弟子たちはガリラヤに行き、そこで、イエスから宣教命令を与えられる。聖霊降臨については書かれていない。ひょっとしたら、洗礼に関する発言の中に、聖霊降臨の出来事は含意されているのかもしれない。 イエスは、近寄って来て言われた。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」(マタイ28.18~20) マタイによる福音書では、弟子たちの宣教の出発点は、ガリラヤの山の上である。だから、弟子たちが、山を下りて全世界に宣教にでかけるというイメージが残る。 ルカによる福音書では、宣教命令は、エルサレムで弟子たちに与えられている。その後、イエスは弟子たちを祝福した後、天に上げられている。 そしてイエスは、聖書を悟らせるために彼らの心の目を開いて、言われた。「次のように書いてある。『メシアは苦しみを受け、三日目に死者の中から復活する。また罪の赦しを得させる悔い改めが、その名によってあらゆる国の人々に伝えられる』と。エルサレムから始めて、あなたがたはこれらのことの承認となる。わたしは父が約束されたこものをあなた方に送る。高い所からの力に覆われるまでは、都らとどまっていなさい。」 これだと弟子たちは、ペンテコステの出来事まで、エルサレムに居続けることになっている。そして、聖霊降臨のあと、伝道する教会がうまれる。それはエルサレム教会である。そして、使徒言行録によれば、宣教はエルサレムからローマに至る。宣教命令から聖霊が降るまで、時間がある。しかし、ヨハネによる福音書では、宣教命令と聖霊の注ぎは同時である。場所はルカと同じくエルサレムである。 ヨハネによる福音書ではこうである。 その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。そう言って、手とわき腹とをお見せになった。弟子たちは主を見て喜んだ。イエスは重ねて言われた。「あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになたように、わたしもあなたがたを遣わす。」そう言ってから、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る。」(ヨハネ20.19~23) 歴史的な事実としては、やはりまず弟子たちはガリラヤに行くことになったのではないか。しかし、女性たちはエルサレムで最初に復活のイエスと会うことがゆるされたのだろう。 そして、ガリラヤに一度戻った弟子たちも、エルサレムに戻り、そこでエルサレム教会ができたのではないか。パウロの手紙などでもエルサレムに教会があったことが知れる。エルサレム教会は使徒言行録だけが語っているのではないのである。 これで大体のまとめができたろう。 人気ブログランキングへ にほんブログ村
by kokakusouhachi
| 2016-12-31 17:48
| 随筆
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