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わたしは、かつて津山工業高等専門学校の1期生であったので、かなりしたいことをすることができた。2年生のとき天文同好会をつくり、3年生のとき天文部に昇格を認められた。どうやらまだ存在するらしい。もう40数年前のことである。当時、わたしは原子物理学や天文学に関心があった。だから、当然、銀河系宇宙というものがあり、その端の方に太陽系があり、その太陽系の中に地球があり、地球は太陽のまわりをまわっていることも知っていた。また宇宙にははじめがあり、それは数十億年まえのことであることも知っていた。ダーウィンの進化論も知っていた。
しかし、今振り返ってみると、そうしたことが、わたしたちの主イエス・キリストの名を呼び求める障害にはならなかったようである。わたしに最後まで、信仰告白をためらわせたのは、主イエス・キリストに自分を捨て、自分の十字架を背負って従っていくことへのためらいだった。そして最後の最後は、イエスを神の子と信じることだった。その「イエスを神の子」と信じることは、キェルケゴールの「イエスの招き(キリスト教の修練)」を読んでいるときのことだった。この当時、わたしはまだ「わたしのためにも呪いとなられたイエス・キリスト」(ガラテヤ3.13)に出会ってはいなかった。 まだプロテスタントではなかった。ルターによって「十字架につけられたキリスト」に出会ったのは、洗礼後2,3年後のことだったのである。たぶん、神学校1年生のときだった。 こうして振り返ってみると、わたしが科学好きの少年であったことは、わたしがイエス・キリストを信じる障害にはほとんどならなかった、と思う。むしろ、信仰に入る障害になったのは、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』のイヴァン・カラマーゾフの議論だった。わたしはそれをまるごと飲み込み、そのことで苦しんだ。今日、あの3月11日の東日本大震災の後、また神義論(神の正しさについての議論)がされているが、わたしは既に、イヴァンの議論で、そのことは長年にわたって考えてきていたので、特に心を動かされることはなかった。いわば神義論から創世記第3章に取り組むということは、20代の初めからあったのである。わたしにとっては、信仰とは、この時代をいかに生きるかという問題と直結していた。 長くなったので、この「天文学と信仰」のことは次の投稿でも論じる。 by kokakusouhachi | 2011-12-22 13:33 | 随筆 | Trackback
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